2008/10/30
マエシンコツコツ日誌
マエシン社長のコツコツ日誌 2008年10月30日
、今日は、いつものように会社に向かわず、11時からの告別式(千葉県の最南端地方)に向かうことにし、朝をゆっくりと自宅で過ごす。
6時45分には、息子とお遊び。そして、なかなか会社に行かない私を不思議がって「あれー、パパ、今日会社行かないの?」と尋ねたので、「今日は、別のご用事の為、ゆっくりなんだよ」と話す。
7時50分、息子とゆっくり朝風呂に入る。そして、それからポケモンを一緒に見る。
9時、息子を幼稚園に送る。で、ワイフと一緒に100キロ離れた告別式会場へと向かう。
11時、告別式が始まる。
12時15分、出棺までをお見送りし、一路自宅へと向かう。
14時半、自宅を経由し会社に戻ってくる。
15時からはずっとパソコンに向かう。
夕方、スタッフより、加賀屋杯にも出場いただいている顧客のT.Nさんに対して勘違いメールを送った報告を聞く。すぐさま、訂正文をお送りしたと聞いたが、T.Nさん、本当に申し訳ありませんでした。
勘違いといえば、もう一つあった。主催者さまからのご厚意で、素晴しい招待券を頂いていたのに、違う主催者の方から頂いていたものと勘違いしていた私、またまたウッカリ八兵衛が出てしまっていた。コースのY.Yさん、本当に、申し訳ありませんでした。
今日は、10月3日に突然書き出したコツコツをつなぎ合わせ、その後を書いてみることにする。
加賀屋ゴルフのようなちっぽけな会社では、HPの更新というのは意外と骨の折れる作業である。当然のことながら、労力だけでなく資金も掛かる。会員権を扱うのにゴルフ場を知らずしてユーザーの方々にお話をすることは出来ない。当然、その為の調査費用も掛かる。
思い起こせば13年前、前身である(有)加賀屋ゴルフを立ち上げた時、スタッフは私を含め3名であった。その時の私のゴルフ場の知識は今の半分以下であったであろう。これではいけないとその時からゴルフ場探訪を始めた。当時、私が入会していたゴルフ場は千葉の1箇所だけだった。が、1箇所だけではあったが、入会していることで、メンバーが抱く気持ちというものは理解していた。
ゴルフが好きで、連日のようにゴルフ練習場通いをする日々であったが、更なる上達を目指した私は、飛距離アップのために、スポーツクラブに入会した。そこで、2年間、私はエアロビ、水泳、筋トレと体を鍛えた。お腹が出始めた体は、かなりシェイプアップされた。会社を起こして、私の会員権は1箇所から増えて数箇所となった。そして、当時は決して強いクラブではなかったこともあり、2000年10月にはクラブ選手権をあれよあれよと勝ち残り、幸運にもなんとクラチャンになる事が出来た。今のメンバー構成であったなら、こう上手くはいかなかったであろう。
翌2001年2月には、スポーツクラブで知り合った友人の協力の下、加賀屋ゴルフのHPを立ち上げた。
当時のゴルフ会員権のHPは、売り買いの相場を乗せているものが主流であった。当時の私は売買にすぐ結びつく為の手段としてのHPを考えていたが、この業界をあまり知らなかった友人との協議の結果、ゴルフの楽しさや会員権の持つ素晴しさを併せて発信できるHPを目指し始める。
思案の結果、私は週に1度ずつ自分の思う様を書き綴ってみようと思い『独りごと』なるコーナーを作ったのである。更には、そうだ、どうせならゴルフ大好き人間である自分のゴルフ日記をも綴ってみようとなる。飲む・打つ・買うが得意ではなかったから出来た事と思うが、私は、この頃から結構無理をしながらも会員権貯金を始め出したのである。
最初のうちは、この両コーナーに今ほどの時間を割くこともなかったので、会社立ち上げと同じ19時には店を閉店していた。ちなみにこの頃のスタッフは私を含めて5名だった。2002年夏には、私とワイフの間に過去のHPに度々登場する男子が誕生する。そして、一緒に仕事をしてくれていたワイフは第一線を退き、新たに2名のスタッフが加わった。加賀屋ゴルフで購入して頂いた方々の懇親会第1回加賀屋杯を行ったのはそんな2002年の10月だった。この年の12月には株式会社加賀屋ゴルフと組織変更も行った。
そして、会社に転機が訪れたのは、2003年の7月のことだった。
2003年7月、会社創設時から頑張ってくれていたスタッフが、実家に帰省中に、原因不明の病気に見舞われ、長期入院となった。緊急事態の為、子供が生まれて1年も経過していなかったワイフであったが、おじいちゃん・おばあちゃんに子供を預けて、会社に出勤することとなった。そして、私は、そのスタッフが担当していた案件を全て引き受けたので実質2人分の営業の仕事量をこなさねばならない状態となったことから、私の出社時刻はどんどん早くなり、退社時刻はどんどん遅くなった。
2003年8月末、スタッフは無事退院し、社業に復帰したことから、私はこれまでより少し時間に余裕が出来てきた。そして、この時間を独りごとの作成時間に費やすことで、これまでの独りごとがより充実した作品に仕上がるようになった。
そうそう、この年の4月からゴルフフレンドの協力を仰ぎ、“芝先案内人”のコーナーが出来上がったが、加賀屋HPの人気コーナーとしてスタートを切った。また、同時期に癒やし系・BUN日記もスタートした。
このように2003年、加賀屋HPは、単なる会員権のHPから少しステップアップを見せたと私は思っている。
2003年は、振り返ってみると、このように加賀屋ゴルフにとっては激動の年だったのであるが、同時に会員権業界にとっても、大きな変化を見せた年だった。春先に下げどまり感が漂い始めたが、夏を過ぎ、秋になると突然、東京よみうりの会員権に大きな変化が見られ、やがてその動きは、小金井や戸塚に波及し始めた。入社以来、会員権は上がらないものと決めつけていた感がある弊社スタッフも見受けられていたが、2003年は、そんな地に落ちていた会員権が再び脚光を浴びる分岐年となったのである。
そんな分岐の年2003年(平成16年)も終わり、2004年(平成16年)は高額会員権が上昇をし始める。この年の11月には50万ラウンド達成記念の加賀屋杯が開催され、巨大看板が京カンに登場。
また、この年から私の独りごとにも変化が見え始める。少しずつ長文になり、自分で言うのもなんだが、かなりの作品と成り始める。当然、そうなると制作時間は自ずと掛かり始める。と同時に、これまで常にトップセールスマンだった私は営業活動をあまりしなくなってきた。というより、営業する時間がなくなってきたからである。私の営業数字は落ちていったが、各営業スタッフの数字は伸びていった。
ゴルフに行く回数が格段に増えたということはないが、微増の状態で、ゴルフ日記も以前より充実度は増していった。
それに呼応するように、加賀屋ゴルフを訪れるお客様の数も増え始めた。私は、お客様が喜ぶ会員権選びのお手伝いを進めるための勉強を更に深く行い始めるようになっていった。
2003年以降、『生声』『会員になっての1年後』『お客様の購入動機』とお客様から頂く情報を次々にHP上にニューコンテンツとして取り入れ、会員権を購入する方の役に立つHP創りに主眼を置いてきた。お客様から実際に行われた売買実績価格が知りたいのだがとの言葉を頂戴し、お金ちゃんマークを作り、早速成約価格を分るようにしたのもこの頃です。
色々なものを創作するのに、そして、それらを継続しようとすると随分と時間とお金は掛かるものであります。いつしか私の仕事は、営業から完全に離脱し、会社にいる時間の多くをウェブ上における情報開示の時間にあてるようになっていった。
しかしながら、この年(2003年)の1日平均クリック件数は500件くらいであり、今の数値から見れば、この頃のクリック数はまだまだ低いものであった。
2004年6月、『私の名前は渡若造』の連載が始まり、この年、『加賀屋よもやま話』のコーナーも出来上がった。この頃になり、ようやく1日平均クリック数が1000件を越えるようになった。
2005年の始め、ズンズンと会員権が動き出したのであったが、11月の声を聞くや否や、中堅どころの会員権の値段が急激に反騰しはじめた。特に私が驚いたのは、経営が三井物産から東急不動産に変わった鶴舞であったが、なんと5ヶ月で190万円だった会員権は、なんと倍の380万円に急騰したのである。
この年の12月、お腹を抱えて笑う作品の数々が取り揃う、“京カンの教官、目土盛造”がスタート。
2006年には、会員権はほとんどの全銘柄が上昇し、私たちは好景気に色めきたった。ミニバブルの様相で、東京都市部の土地の値段はうなぎ上りとなっていった。
3月には100万ラウンド達成記念チャリティーコンペ・加賀屋杯を開催。88名の参加者を得る。
そんな年の夏、加賀屋ゴルフにとって、重大な出来事が勃発してしまう。
それは、いよいよ明日からお盆休みに入るという8月10日に起きた。場所は千葉カン・野田コースにおいて、加賀屋ゴルフ社長の私前田信吾がバンカー内に転げ落ち、なんと右足首を骨折してしまったのである。そして、この出来事から、このコツコツ(当時は骨骨)日誌が始まったのだったが、周りの人からは「転んでもタダでは起きない人ですね」の言葉を頂戴してしまう。
そして、2006年には、会員権購入時におけるバイブルと私が考えているアンパンマンの“ゴルフ再入門”のコーナーが始まったが、購入希望者の心理描写が描かれており、私もフムフム・なるほどなるほどを連発しながら連載を楽しんだ。
19時から書き出して、今日で完結させるぞ!と闘志を抱き書き出しましたが、21時、今日はここまでしか完成しなかった。この続きはまた後日行いましょう。
21時、今日はこれまで。
https://kagayagolf.life.coocan.jp/nisshi/kotukotu_cnv3.php?yyyy=2008
おまたせしません!
ゴルフ会員権は加賀屋ゴルフへ